AK聞きながら arthurを聞きながら
さっき見た蒼い絵を思い出しながら
きれいな言葉を思い出しながら
病院でいっしょだった少しの時間を思い出しながら
ringを取るのを忘れて光にかざしながら
窓を全開にして お風呂に入って
ふと あの子の顔が浮かんできた。
友達なんて信じないし、いらないって思ってたのに
遠くにいる 優しくて 忘れそうな小さな光を思い出す。
あのころのあたしは、何をしてただろう。
20歳になるまでに 死のうとしていたあたしは何を考えていただろう。
死ぬことばかり考えてた。死ぬための準備と、死んだ後の準備
お葬式にかけてほしい曲をたくさん書いた。
今でも好きな ドビュッシーやサティ ラヴェルのパヴァーヌ
それから何年かたって、本当に死んで5回の心停止をしても
やっぱりあたしは生きている けれどいつまでも死が近くにあることを感じてしまう。
サミュエルバーバーのアダージョを聞いて眠る日が続く 睡眠薬の量は少し多くなってしまった。
優しくて、壊れそうな光を 今は愛おしく思う。
「笑っててくれれば それでいい」 って。
ママもパパもおねーちゃんも、
同じ名前のあの子も、きれいな言葉を紡ぐあの子も
ネットで繋がってるだけの、けれど大好きな大好きなあの子も言ってくれた。
「・・・うん。ありがとう」って そのときは心からおもったけれど 思っていたつもりだったけど
でも、今、少しだけ別の意味がわかった気がする
遠くに居る 細い光で 繋がってる大好きな人たちに に思った。
笑ってくれてたら、生きててくれてたら それでいい。
光を放っていることが きっとまだわからない。
あたしがわからなかったように きっと わからなぃ。
そう思ってしまうのは、エゴかもしれないし、子供扱いしているのかもしれない。
あたしだって、まだちゃんとした大人じゃないし、ちゃんとした大人にどうやったらなれるかなんて一生わからないのかもしれない。
でも 同じ種類だと思うから。
光を放って、そこに存在していることを どうか 続けてください。
壊れやすい時間と、鋭角な感性で見えてしまうであろう汚い世界を 見ても どうか そこに存在していてください。
あたしは、ここで生きるから
苦しくなってしまう時間も、空虚な夜も、意味のない言葉も
きっとたくさん傷をつくって、しまうけれど
それは硝子がもっと輝く瞬間だと、、今になってそう思う。
その蒼い光を放って、キラキラした硝子で、世界を見てください。
街の喧騒のなかで歌ってけれど届かなくても、苦しいくらいに好きになっても、
深夜まで眠れなくっても、絵がかけなくても、言葉が紡げなくても、何もできなくなってしまっても
そこに存在しててくれて。ありがとう。
きっといつか会おうね。 きっとまた会おうね。 きっと必ず、必ず・・・。